皆さん、こんにちは! スタントラベル旅のアドバイザーです。
今回は行って来ましたヨ~ ついに“世界一周”です! ただ、いくら気ままな旅のアドバイザーでも、それほど長期間休むわけにはいきません。プランを練りこんで、スケジュールを絞り込んで、8日間で世界一周プランの出来上がり!
2018年4月4日(水)成田出発→チューリッヒ→サンパウロ→ブエノスアイレス→イグアス→サンパウロ→デトロイト→名古屋に同年4月11日(水)帰着。所要日数は8日間、移動距離は25,820マイル(約41,312km)という行程でした。
訪れた国は「スイス」「ブラジル」「アルゼンチン」「ウルグアイ」「パラグアイ」「米国」の計6ヶ国、このうち初めて訪れた国は「ウルグアイ」と「パラグアイ」。この2ヶ国を加えて、これで訪問国数は85ヶ国となりました ・・・
今回の旅の目的の第1は“世界一周”すること!
日本を出発して、後戻りをせずに同一方向へ進めば日本へ帰って来る、というのは現在では当然の理論。しかし、遠~い昔では考えもできなかったことですネ!? 世界で最初にこの世界一周にTRYしたのは?そう有名なポルトガル人の「マゼラン」です。ただ、ただ、彼は航海の途中で死亡しています。今回の旅のアドバイザーによる世界一周、生きて帰ってくることが大前提です(当たり前~)。
それから、皆さん「地球の裏側」という言葉、よく耳にしませんか?地面に向かって「ブラジルの人聞こえますか~?」っていうギャグもありましたよネ! 果たしてホントの地球の裏側ってどこでしょうか? 答えは添付の地図のとおりです ・・・ 日本列島の地球の裏側は、南米沖の海となるのです。唯一沖縄県がブラジルの陸地の上にあたります。この地図でみると日本の裏側に最も近い国は「ウルグアイ」のような気がするのですが、いかがでしょうか? そんな、まだ見ぬ国「ウルグアイ」にも行ってみたい、というのが第2の目的。そしてもう一つ、大きな目的は“世界三大瀑布”の一つ“イグアスの滝”!“ナイアガラの滝”と“ビクトリア滝”は既に訪れたので、残るはイグアスの滝のみとなっていて、是非行ってみたかったのです。
いざ、世界一周へ出発!
さて「南米」というと、やはり残念ですが“怖い”というイメージがありますネ!?
こういう、治安があまり良くない国に行く場合の鉄則があります。まずは現金等を含めた貴重品の持参の方法です。
パスポートやクレジットカード、旅行全体で必要な現金、等は“腹巻き”に入れて常に身体に密着させておきます。次に、その日1日分程度の現金(その国の通貨)は別の財布に入れてポケットの中に入れておきます。こうしておくと街中で買い物をする場合、本当の貴重品を公衆の目前にさらけ出すことなく支払い等ができます。それからもう一つこの方法のメリットですが、それは万一「ホールドアップ」に遭遇した場合のことです ・・・
もしナイフ等の凶器を持った犯人に襲われた場合は、ポケットの中の財布を相手に渡して(投げて)、その隙にただひたすら逃げるのです。本当の貴重品を奪われたら旅行を続けることができなくなりますし、また、何も渡さないと犯人が“キレて”暴行される可能性が高まります。『財布は複数に分けて持参』忘れないようにしましょう! 次に治安に問題がありそうなエリアを歩く場合は、必ず歩道の真ん中を歩きます。路側だと最近よくある“バイクひったくり”にやられる可能性大です。
また、反対の壁側を歩くと建物に引きずり込まれる心配があります。それから、歩行中も5分に1回程度は振り向いて尾行されてないか?を確認をします。犯人は先ず獲物を狙い定めて追い、そして犯行に及びます!ですから、2~3回振り向いて同じ怪しそうな人物が視界にあったら、近くのコンビニやスーパー等に入って、その人物が通り過ぎるのを待ちます。
実は、今回の旅でもサンパウロの街中で、この手法で難を逃れました(確証はありませんが、多分そうだったと思います)。
もう一つ付け加えるとタクシーの乗り降り。日本人は“バ○正直”なので、目的地に着いたら即お金を払いますネ!?でもこれは南米等ではNG!お金を先に払ってしまうとそのまま走り去られ、トランクの中の荷物(スーツケース等)はタクシードライバーのもの、となってしまいますヨ!料金はトランク内の荷物を受取った後に払いましょう!日本の常識は通用しませんヨ!
成田から出発!
さて、2018年4月4日(水)、先ずは成田空港から出発です。
利用航空会社はスイス航空(LX)。世界一周とも、今回の航空券、往路=成田→チューリッヒ→サンパウロ→ブノスアイレス、復路=サンパウロ→デトロイト→名古屋というもの。
それに南米内の航空券は、LATAM航空とGOL航空をネットで購入しています。
少々ややこしい経路なので、成田空港のスイス航空のカウンターでいきなり手間取ります。「サンパウロで入国するのならブラジルのビザが必要です!」ということで、最近解禁になったばかりで、取得したての“e-Visa”を提示したところ、情報が未だ入ってなかった様子で、かなり待たされた後にやっとOK。
次は「アルゼンチン入国にはアルゼンチンからの出国を証明するチケット類が必要」とのことだったので、LATAM航空のe-チケットをスマホで提示。合計40分くらい待たされた後にやっとOK。
やれやれ、やっと出発 ・・・
成田→チューリッヒは12時間25分の空の旅。正直、機材が古く(A340)、搭載されている映画の本数や内容もいまいち。ひたすら食べて飲んで、そして寝てました ・・・
ほぼ定刻にチューリッヒに到着しましたが、次のサンパウロ行きの出発までは約7時間。かなり乗継ぎ時間があるので一旦入国し、そして街中へ出ました。ご存知のようにチューリッヒはスイス最大の都市ですが、首都ではありません。そう、首都は「ベルン」ですネ!? チューリッヒの街中に来るのも約20年振りですがあまり変わってないようです。ただ、物価の高さと、殆どの人が3~4ヶ国語を自由に操る凄さは健在でした。
チューリッヒから、サンパウロへ
チューリッヒからは同じくスイス航空で約11時間50分掛けてサンパウロへ。少し以外ですが、距離で比較すると成田→チューリッヒよりチューリッヒ→サンパウロの方が長い(遠い)んです。やはり南米って遠いですネ!?機中で1泊して、翌朝早朝にサンパウロに到着。
出発地チューリッヒとの時差は-5時間、そして日本との時差は-12時間。そう、昼夜が全く逆転してしまいました。ただ“どこでも寝れる”旅のアドバイザーのことですので機中ではスヤスヤと(アホのように)寝れました。すこぶる元気です!
サンパウロってどんなところ?
さて、到着したサンパウロですが、人口約1,100万人で南半球最大の都市です。そして我々日本人が知っておくべきことはもう一つ、そう、日系人の数です。サンパウロには都市別では世界最多といわれる約40万人もの日系人が暮らしていて、そして世界最大の“日本人街”があるのです。
リベルダージと呼ばれている、その日本人街を訪れるために市内へ向かいます。空港から市内への、最も早くて安い方法は「路線バス+地下鉄」です。ただ、朝のラッシュアワーと重なってしまい、道路や地下鉄の駅・車内はハンパない状況 ・・・ 地下鉄の切符売り場には自動販売機はなく、全て窓口で購入、そして人が多過ぎて改札を通過するだけでひと(ふた)苦労です。
やっとの思いでやって来たリベルダージ。地下鉄の駅から出ると、いきなり“鳥居”が出現。歩行者用信号の模様にも鳥居のマークがあるし、銀行の入り口も日本風。売店ではアンパンが売られ何故か?美川健一のポスターが貼られていました。
地下鉄リベルダージ駅の脇には日系人のモニュメントが建っていました。1908年頃から始まった当時の日本政府による大移住政策でここブラジルをはじめ、南米各地には本当に数多くの日本人移住者が入植しました。彼ら、彼女らは、もの凄い苦労をしながらも規則に従い、そして本当に勤勉に働きました。今日でも南米諸国の対日感情は素晴らしく良好です。
これは、南米各地で真面目に、そして懸命に生きて、現地の人々からも根強い信頼を得てきた日系人の方々のお陰です。日本に住んでいる我々日本人より“大和魂”を大切にされている日系人の方々、これからもどうぞお元気で、そして日本の誇りを持ち続けて下さい! 礼!
約半日の滞在を終えて再びサンパウロ空港へ。
サンパウロからブエノスアイレスへ!
サンパウロ→ブエノスアイレスは、なぜかトルコ航空利用です。だけどやはり親日的な国トルコの航空会社でサービスは良好、約3時間の快適なフライトでした。ということで、や~~~っと往路航空券の目的地ブエノスアイレスに到着です。
成田を出発してからこれまで、待ち時間を含めてなんと47時間5分。
やはり「ブラジルの人聞こえますか~?」って地面に向かって叫ぶほど遠い、と感じました。ブエノスアイレス空港の到着ロビーでは南米、且つラテンらしい出会い・再会の光景が目に入り、とにかく、日本人には真似できないなぁ~という感じでした!
成田を出発して既に47時間も経過していますが、今回の旅行の最初の宿泊ホテルはここブエノスアイレスの「Le Petit Suite」。口コミ評価では高い点数だったんだけど、何か暗~い雰囲気。
おまけに“キッチン付きの部屋”で予約していたのに、部屋にあったのは旧式のガスコンロとマッチ! マッチを擦って着火するなんていう作業、ずいぶん長いこと人間をしているこの旅のアドバイザーでも小学校以来かなぁ~? まぁお湯が沸かせるから納得か、と思いつつも微妙にガス臭い部屋の中で眠りに就きました。
隣国ウルグアイの“コロニア デル サクラメントへ
翌朝「Buenos dias(おはよう)!」とフロントに行ってみれば陽気で親切なAbel君が顔を出してくれました。彼は大の日本ファン。特に日本の“アニメオタク”とのことです。私が日本人と分かった瞬間に「Your nameは観たか?」との質問 ・・・一瞬???となりましたが、そうか“君の名は”か、と気付きました。でもゴメンね!Abel君、旅のアドバイザーはチョーおっさんだし、アニメには興味が無いんです。
そんなことより「今日は日帰りで、隣国ウルグアイの“コロニア デル サクラメント”に行きたいんだけど、行き方教えて!」と尋ねたところ、流暢な英語で親切に教えてくれました。というわけで、高速フェリーを運行するSeacat社のターミナルへ。
ここでチケットを購入して、さらにアルゼンチンの出国手きをして、そして同時にウルグアイの入国手続きを済ませて高速フェリーに乗船します。従って乗船した時には既にURUGUAYの入国スタンプが押印済みです。
ブエノスアイレス(アルゼンチン)とコロニア デル サクラメント(ウルグアイ)の国境は“海”のような大河ラプラタ川。
まさに海のようで対岸が全く見えません。約1時間掛けてこの大河を渡ります。船内は国際航路ということもあって免税品店等もありなかなか豪華な雰囲気です。
うことで1時間のはずが1時間半掛かって(南米ですから)コロニア デル サクラメントに到着。あいにくの小雨模様でしたがコロニアル様式のなかなか素敵な街でした。観光にも力を入れているようで、小さいながらカジノもありました。
帰路も同様に1時間(実際は1時間半)掛けてブエノスアイレスへ。因みに、街中のリカーショップ(酒屋)より船内の免税店の方が安いので、帰路の船内ではたんまりとワイン・ビールを購入しました!
日帰り隣国ツアーから戻ってみると、ブエノスアイレスの雨は上がっていました。
これ幸いと歩いて市内観光へ出掛けます。先ずはピンクの色が鮮やかなカサ・ロサーダ(大統領府)。
元々は侵略軍から領土を守るための要塞の役目を果たしていました。今でも屋上にはヘリポートがあり、また、いたるところにレーザーセンサーが張り巡らされ、近代的な威厳を保っています。
次は近くの「大聖堂(カテドラル・メトロポリターナ)」。
ステンドグラスが目を引く教会内は荘厳な雰囲気が漂っています。続いては、世界で一番広い(全幅140m、16車線)とされる道路“7月9日通り”に建つオべリスコ(白い塔)とブエノスアイレスの シンボル「BA」のオブジェ。記念撮影の人波が絶えません。
それからブエノスアイレスの別称をご存知ですか?そう「南米のパリ」です。まぁ似てるとこは似てますけどネ! そういえば見えてきた立派な「コロン劇場」はパリのオペラ座、ミラノのスカラ座と合わせて“世界3大劇場”と言われています。
また、ブエノスアイレスは高層ビルが立ち並ぶ近代都市でもあります。古いものと近代的なものが混ざり合ってなかなか 興味深い雰囲気があります。
街中を散策しても物珍しいものを目にしますが、至る所にある“25HR(時間)ショップ”って何だったんでしょうネ!? 1日24時間のうち25時間営業するのかなぁ~?とか何とか言ってるうちにブエノスアイレスを離れる時間が近づいてきました。
次の訪問地イグアスへ!
Aero Parque(アエロパルケ)空港から、次の訪問地イグアスへ向かいます。
空港内のカフェで昼食を食べますが、写真のサンドイッチとビールで約¥1,650、けっこうな値段ですネ!実はアルゼンチンはデフォルト(債務不履行=国家破綻)を過去100年で5回も繰り返している国なのです。このご時世になっても、けっこうなインフレは続いているようです。
ブエノスアイレス→プエルトイグアスの移動は地元南米の航空会社「LATAM航空」ほぼ満席の乗客を乗せて約1時間50分のフライトです。
飛行機はほぼ定刻にプエルトイグアス空港に到着したのですが、何故か到着スポットの手前で停止、そしていきなり消防車が駆け寄ってきて、我々が乗っている機体に向けて放水を始めるではありませんか!
一瞬機内は騒然となって悲鳴も聞こえてきます。私旅のアドバイザーも頭の中が真っ白になってホントに焦ってしまいました。その後やっと機内放送(スペイン語&英語)があって「ドア付近に付着物があるため、消防車の放水で取り除いています」という説明が ・・・ 機内に笑顔が戻り、そして大拍手が発生しました。
降機後に乗っていた飛行機の方を見ると消防車とパトカーが停まっていました。ホントは一体何だったろう?という疑問が今でも残っています。
ところで、この世界最大のイグアスの滝はアルゼンチンとブラジルの両国にまたがっています。今日はブエノスアイレスからアルゼンチン側の滝の窓口である「プエルトイグアス」に到着しました。
そしてこれから陸路で国境越えをしてブラジル側の窓口の街「フォスドイグアス」へ行き、宿泊します。国境の橋は分かり易く塗装されていて、青と白の塗装のエリアはアルゼンチン側、黄色と緑のエリアはブラジル側、というのが一目で分かるようになっています。
先ずアルゼンチン側のオフィスで出国スタンプを押してもらい、そしてブラジル側のオフィスではビザ(e-Visa)を提示して入国スタンプを押してもらいます。日本に住んでいると、陸路での国境越え、というのは経験できないので、なかなか面白い体験です。
と言っている間に今日からの宿泊場所、ブラジル側の滝の窓口となる町「フォスドイグアス」に到着です。
ホテルはTaroba Hotel。チェックインを済ませて部屋に入ると、ベッドの上に可愛らしい子犬が、と思ったら丁寧に織り込まれたバスタオルでした。 なかなかニクイ演出ですネ!?
崩すのがもったいないので、シャワー後は他のタオルを使い、子犬状のタオルを枕にして眠りに就きました ・・・ (キモい!)
翌朝、イグアスの滝へ!
翌朝も雲ひとつない快晴! そう、私旅のアドバイザーはやはりここ一番に強い“晴れ男”なのです。街中にあるバスターミナルから、地元の人々の通勤の足でもある路線バスに乗って約40分。目的地、終点の「Cataratas(ポルトガル語&スペイン語で“滝”の意味)」に到着です。
オープン前に到着したのですが、既にけっこうな人の列が ・・・入園して、先ずはマップで滝までの道のりを確認。次に何やら不思議な注意書きの看板が ・・・ 何と「ジャガーに注意!」と書いてあります。
イグアスの滝の周辺は野生の動物も生息するジャングルで、広大な公園となっているのです。この後、一人でジャングルの中の歩道を歩いた心細さ、理解していただけますでしょうか?
何度もビクっ、としながら歩くこと数十分。心細さを吹き飛ばしてくれるような壮大な景観が目に入ってきます。
そう、これがイグアスの滝です。 “イグアス”という言葉は先住民グァラニー族の言葉に由来し、Iguは水を、Azuは壮大なものへの感嘆の意味を表すそうです。実際に見たイグアスの滝は、本当に心から感嘆してしまう景観でした。
滝幅は約4km、大小約275もの滝が連なっています。最大落差は約80m、毎秒6,500トンもの水が流れ落ちています。
このイグアスの滝を訪れた、元米国大統領ルーズベルトの夫人はこのイグアスの滝の壮観な景色の前で「可哀そうな私のナイアガラ」と呟いたと言われています。嘘かホントかわかりませんが、イグアスの滝のスケールの凄さを表すエピソードとなっています。
それから、ここイグアスは動物の宝庫でもあります。今日は、見た目は可愛い「ハナグマ」が目の前に現れてくれましたが、実は見た目とは違い、鋭い爪を武器に食べ物等を狙っています。どうぞご用心!
いつまでも滝を眺めていたいのですが、そんなわけにも行かず一旦フォスドイグアスの街に引き返します。このフォスドイグアスの街は、滝目当ての観光客のお陰で経済的に潤っていることは間違い無し。さらに、それに加えて、近くにはイタイプダムという世界で2番目に大きな水力発電用のダムがあり、その恩恵も被って、人口も30万人まで増え、街自体非常に活気があります。
経済的に潤っていることで、大都市サンパウロ等に多数ある“ファベーラ(貧民街)”も目にすることは無く、けっこう安心して滞在できる街です。
隣国パラグアイへ!
もう一ヶ所、今回の旅の途中で行ってみたい場所があります。それは隣国「パラグアイ」です。
ここフォスドイグアスは、先ほども述べたようにイグアス川を挟んでアルゼンチンと国境を接しています。またもう一方でパラナ川という川を挟んでパラグアイとも国境を接しています。ブラジル側国境のオフィス前まで乗合バスで行き、後はただひたすら歩いて、パラナ川に掛かる国境の“友情の橋”を渡ります。
パラグアイ側の国境の町は「シウダーデルエステ」という町す。パラグアイでは第2の都市ということですが、国境で貿易(密輸を含む)が盛ん、ということで首都のアスンシオンよりも賑やかとのことです。そう言えばショッピングセンター等充実していて、景気の良さを感じる街でありました。
帰りも歩いて国境の橋“友情の橋”を渡ります。途中、パラグアイの警備兵がマシンガンを持ったまま、お喋りをしながら笑い転げていました。あまり横を通りたくない環境でした ・・・
そして、帰路へ!
壮観なイグアスの滝の景色も見れたし、また、まだ行ったことが無かったパラグアイにも行けたし、今日は実に充実した1日でした。今夜はここフォスドイグアスで、今回の旅の最後の1泊となります。
翌朝も真っ青な快晴!結局ここイグアス滞在中はず~っと晴れでした。
余計に良き思い出となりました。有難うございます!
フォスドイグアスからサンパウロまでは、やはり地元の航空会社GOL航空で約1時間45分の空の旅。
見覚えのあるサンパウロ空港に戻ってまいりました。今度は米系で世界第1~2位の規模と言われている航空会社のデルタ航空。ここサンパウロから約10時間半掛けてデトロイトへ、そして約4時間の乗継ぎ時間の後、さらに13時間半掛けて名古屋へ、という帰路になります。デトロイト⇔名古屋間は互いに“車の街”を自称していることから「モータウンエクスプレス」と呼ばれているそうです。
デトロイト空港はデルタ航空のハブ空港、ホントに巨大な空港で、ターミナルビル内の移動用にモノレールが頻繁に走っています。こんな空港、日本には絶対無いなぁ~、っていうくらいの規模の空港です。
さぁ、あと一っ飛び(13時間半掛かるけど)で日本です!
2018年4月11日(水)14:45、ほぼ定刻で中部国際空港(セントレア)に着陸しました。
一週間前に成田を出発して“西へ行くんだ~♪”ということで、ひたすら西に向かって進んだら名古屋(日本)に戻って来ました。当然と言えば当然、当たり前と言えば当たり前 ・・・ なんですが、何故か感慨深いものがあります。
ちょー(超)ハードスケジュールの旅でしたが、なかなか内容の濃いものとなりました。
「少々危なくてスリリングで、自分が“ゴルゴ13”のような気分になる南米の大都市」「遠い南米で暮らす日系人の方々への思い」「陸路での国境越え」「初めて訪れたウルグアイとパラグアイ」「壮観なイグアスの滝の景色」等など ・・・今回も思い出に残る旅となりました。
最後までお付き合いいただき「Gracias」そして「Obrigado」! 次は何処へいこうかな!?
2022.01.20